彼女の一家には伝説がある。
かつて単なる冒険者でしかなかった初代が騎士爵に叙されるに至った数奇なる冒険、西から来たお調子者の緑髪の｜狼族《アウリク》との冒険譚の口伝だ。
そもそも初代が伝えた時点で老齢だったため信用度が低く、トンデモエピソードも多数、その時点では生まれてもいないはずのビッグネームなどの関係もあって、たとえ本に認めたり他家に話したりしても決して信じてはもらえないだろう。
それでも一家は代々その話を口伝しており、彼女自身も自分の子供や養子ができれば語るつもりでいる。
それは、その伝承がいつまで経っても瑞々しい冒険であったからであり、初代たる男、冒険の中で薄着の｜狼族《アウリク》に目を奪われながらも結局は顔も知らぬ婚約者と添い遂げた騎士の赤裸々な青春が詰まった、一生に一度は駆け出してみたくなる冒険への憧憬でもあったからである。

｜ベアリール・ナ・トゥラフ《ベルリールの大丘》
山のごとき剣術と視線を奪う双丘によって戦士たちに名付けられた。地元では"一騎打ちで殺されたい女騎士"と"一騎打ちに勝って娶りたい女騎士"の二冠を達成する器量よしだったが、父が敵国と内通し魔族と共謀したことで一家が没落、キレて父を討ち取って一家の名誉を回復して資産を家族に残して放浪に出た。
地元では悪名を厭うて名の聞こえない地で夫を捜しているとされているが、父が闇堕ちした後に放蕩すると邪神信仰の疑いがかかりそうで嫌だったためである。八十年抱いて飽きが来なさそうな男を見つけるまで所帯を固める気はない。